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アストンマーチン・ラゴンダ1976年型〜1990年型

アストンマーチン・ラゴンダ1976年型〜1990年型

2代目ラゴンダとなるこの車種は、アストンマーチン社を一時、破綻の危機から救った車種でもあった。

1976年10月のロンドンショーで2代目は発表され、姿から構造まで一新して登場し、このモデルはシャシもボディもすべて新開発で、日本円で約3900万円で販売されている。

マセラティ・クアトロポルテの市場に着目するが、その理由は、スポーツカーメーカーが作る4ドアセダンという市場は当時クアトロポルテ以外にライバルがいなかったためであった。

しかし、そこには多難の道のりがあり、出資者が転々と変更されて、アストンマーチンは幾度となく経営危機に陥り、こうした状況の中2代目アストンマーチン・ラゴンダは発売された。

それによってアストンは一時的ながら倒産の危機を免れることができた。

しかし、1987年に倒産するが、その後フォードに救済されることになる。

デザイン 的には、ロータス・エスプリのように紙を折って作ったかのような鋭角なデザインは30年前の車ということを全く感じさせない。

豪華な内装やデジタルメーターもあいまって非常にモダンな雰囲気を感じさせる。

一目見たら忘れることが出来ないぐらいの迫力がありインパクトがあるデザインであるが、マイナーチェンジでボディの角が微妙に丸められている。

機構的には、世界初のLEDデジタルメーターは、開発のために車両本体の4倍の開発費がかけられている。マイナーチェンジでブラウン管に変更された。

リトラクタブルライト(同じくマイナーチェンジで廃止)などの先進的な装備やデザインに比べてメカニズムは相変わらずアストンV8と共通の5.3LのV8DOHCエンジンで、最高出力289PS/5500rpm、最大トルク32.7kgm/3000rpmを発揮するが、クライスラー製3速ATのみが設定され古典的であり、乗り味は古臭く外見に対してひどく対照的である。

そのうえ車両車重は1725kgで、総重量は2トン近くあるため非常に燃費が悪く最高速度は225km/h。

'76〜'90年の間に610台が製造販売された。

全長5353mm、全幅1800mm、全高1320mm、ホイールベース2915mm

下記の画像は1989年型である。
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アストンマーチン・DB2

アストンマーチン・DB2

アストンマーチン・ラゴンダ社が1950年5月-1959年7月に製造したスポーツカーである。

アルフレッド・ヒッチコックの映画『鳥』でDB2/4ドロップヘッド・クーペが使用された。

エンジンは、W.O.ベントレー設計の水冷直列6気筒の鋳鉄製ブロックのDOHCエンジンを搭載し、2.6リッターの標準型は2基のSUキャブレターから105bhpを、高性能版のヴァンテージ仕様は圧縮比を8.16:1にアップし125bhpを出力している。

DB2/4MkIIIに搭載された3リッター・デュアル・エグゾート付スペシャルシリーズでは3基のウェバーキャブレターから195bhpを出力するまで至り、これは、DB3Sでの経験を採り入れた大径バルブおよびハイリフト・カムシャフトの採用、シリンダーブロックおよびクランクシャフトの再設計に拠るものである。

シャーシは比較的太い角断面鋼管組みで主構造を形成し、アルミボディパネルをその上に被せた。

1953年10月には2+2のDB2/4MkIとなり、最終的に1957年3月導入のDB2/4MkIIIまで進化した。

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マツダ・カペラSNA・S122A系

マツダ・カペラSNA・S122A系

現在はファミリカー・ファミリーセダンとして捕らえられている自動車マツダ・カペラではあるが、初代モデルはそうではない。

当時、加速力においては「ポルシェに匹敵する」とまでいわれ、日産のスカイライン・C10型「ハコスカ」を苦戦に追い込む「打倒GT-R」勢の一車である自動車であった。

1970-1974年間で生産されたマツダ・カペラSNA・S122A系は、初代モデルにあたり、1970年5月登場。

当初は、ファミリアの上位機種として、12Aロータリーエンジンを搭載するモデルと、1600ccレシプロエンジンを搭載するモデルがあった。

12Aロータリーエンジンはカペラロータリーのために開発されたもので、基本的には10A型と同じだったが、ローターハウジングの厚みを10mm増して単室容積で573ccの排気量を得た。

また、排気孔をハニカムポートとして燃焼効率を上げトルク特性を改善した。最高出カ120ps/6500rpm(グロス)、最大トルク16.0kgm/3500fpm(グロス)、最高速度190Km、さらに0→400m=15.7秒(MT車)で、当時の日本車としては、並はずれたパワーを誇った。

そのエンジンパワーを生かし、レースにも出場。当時無敵を誇った日産・スカイラインGT-Rに挑んだが、及ばず、打倒GT-Rは、サバンナまで待つ必要があった。

タイヤは13インチと一回り小さいサイズを採用。

一クラス上のトヨタ・マークIIに匹敵する車内空間を誇った。

愛称は風のカペラと呼ばれ、当時としては圧倒的な加速力で、ノーマル状態で勝てるのはポルシェだけと言われた。

1970年10月、レシプロエンジンに1500tが追加される。

1971年10月、マイナーチェンジ。デビューしたサバンナとの差別化を図るためにGシリーズとして、4灯ヘッドライトを採用。

ロータリー車に初のATであるREマチック仕様が登場した。

ロータリーに合わせた特性で、0→400m=17.5秒だった。

1971年から1973年までがカペラを含めたロータリー全盛期で、1971年は63389台、1972年は57748台、1973年は54962台販売された。

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スカイライン・C10型

スカイライン・C10型

通称・ハコスカで親しまれているこの車種は、1968年から1972年の間生産された。

1968年8月 S50型のモデルチェンジとして、プリンス系の直列4気筒OHC1500cc G15型エンジンを搭載する1500(セダン(C10型)、エステート(WC10型)、バン(VC10型))を発売。

足回りはフロント側がストラット式独立懸架、リア側はリーフリジット。1500のグレード展開は、スタンダードとデラックスの2種だったが、デラックスはシート形状とトランスミッションにより、ファミリーデラックス(3速コラムシフト・ベンチシート)、ツーリングデラックス(3速コラムシフト・セパレートシート)、スポーティデラックス(4速フロアシフト・セパレートシート)の3種に細分化されていた。

また、デラックスには女性仕様の「Lパック」がメーカーオプションとして用意されていた。

1968年10月 GT(GC10型)が追加。S50型同様、バルグヘッド前よりホイールベースを延長。

エンジンは日産系の直列6気筒OHC2000cc L20型エンジンを搭載する。

足回りはリア側がセミトレーリング式とされ、4輪独立懸架となる。

同月 第15回東京モーターショーに「スカイラインGTレーシング仕様」が出品される。

翌年発売されるGT-Rのコンセプトカーである。

1969年2月 直列6気筒4バルブDOHC2000cc S20型エンジンを搭載した「スカイラインGT-R(PGC10型)」を発売。カタログにはR380A-IIIも登場する。

GTに対する外観上の特徴はリアフェンダーのサーフィンラインがカットされている他、モール類が設定されていない点である。

同月 1800シリーズ(PC10型)を追加。ローレルに先行搭載されていたプリンス系の直列4気筒OHC1800cc G18型を移植したもの。

1800スポーティデラックスにGTの装備品を加えた「スポーティS」なるグレードも設定されていたが、エンジンはシングルキャブのままだった。

1969年10月 マイナーチェンジ。所謂「ワンピースグリル」に変更される。

1970年10月 2ドアハードトップを1800シリーズ(KPC10型)、および2000GTシリーズ(KGC10型)に追加。

GT-Rはセダンからハードトップ(KPGC10型)へ変更された。ハードトップはセダンに対し70mmホイールベースを短縮したことにより、運動性能が向上した。

なお、キャッチコピーの"愛のスカイライン"はC110(ケンメリ)やR34後期のCMでも使われた。

GT-Rの当時価格は150万円だった。

総販売台数は310,447台(GT-Rの1,945台を含む)。現在でも、いわゆる「旧車」の中で最も知名度や人気があるモデルである。

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ギャランGTO

ギャランGTO(Galant GTO)

三菱自動車工業が製造・販売していた2ドアクーペであり、コルトギャランとは別に1から新しく設計されたスポーツクーペである。

またトランクリッド後端の跳ね上がったデザインからダックテールGTと呼ばれ、当時のアメリカ製『マッスルカー』のトレンドが、小型車のサイズに巧みに反映された精悍なスタイリングを誇っていた。

グレードは3種類であり、以下の通りである。
MT 100馬力
MU ツインキャブ装着・110馬力
MR DOHC・125馬力

1969年 - ギャランクーペGTX-1の名で東京モーターショーに出展される。
1970年11月 - コルトギャランGTOの名で発売。
1972年3月 - 一部変更で1700の17XとAT発売。
1973年1月 - マイナーチェンジし、1700SL以外2000ccへ移行する。勿論、1600MRも廃止。
1973年10月 - 一部変更(安全対策)
1975年2月 - マイナーチェンジ。2000はエンジン換装。
1975年11月 - 一部変更。排ガス規制適合。
1976年5月 - 一部変更。排ガス規制適合。
1976年11月 - ギャランハードトップと統合。ギャランΛになる。

製造期間 1970年-1976年
ボディタイプ 2ドアクーペ
駆動方式 FR
全長 4125mm
全幅 1580mm
全高 1310mm
ホイールベース 2420mm
車両重量 980kg
備考 デビュー時のMRのスペック
後継 三菱・ギャランΛ
車台を共有
する車種 三菱・コルトギャラン

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